日本のブランド

幅広いテーマ過ぎて、いろいろな視点で多くのことが語れそうではありますが、今日は昨日の出来事のお話をしたいと思います。スリランカという国は、人々がとっても美しい国です。信仰を持っていて、仏教、ヒンドゥ教、キリスト教、イスラム教が共存しています。豊かな生活をしている人たちはごく一部だと思います。生活も決して楽ではない方が多いと思います。ただ、人の心は美しい。

昨日のブッダが訪れた地域に建立しているケラニア寺院でのこと。声をかけてくれた50代くらいのお父さんとそのご家族のお話ですが、私が日本人と知ると、よくスリランカに来てくれたと急に満面の笑みになり、同伴している家族にも私に挨拶をさせるほど喜んでくれました。照れながらたどたどしい英語で話をしてくれましたが、どうやら日本人の姿勢や考え方に共感してくれている様子でした。欧米の列強諸国に対して日本がアジア代表として戦ったことなどに対して、日本がそういう国であることをどこかのタイミングで教育を受けたのだと思います。彼は一生懸命自身が日本のことを大好きに思っていると力説してくれていました。おそらく30分くらいはお話していたと思います。彼は「あなたがハッピーであれば、私もハッピーです。」と何度も口にしていました。その場所がそうだったからかは分かりませんが、慈愛に満ちた時間と空間でした。ありがとうの交換が終わったあと、そのご家族はまた私に近づいてきて、再び話しかけてくれました。日本人は本当に素晴らしいのだと何度も何度も伝えてくれました。奥さんも照れながら、ご主人の嬉しそうな様子を見て、「迷惑かけてごめんなさいね」的に恥ずかしそうな笑顔で表現していました。このひとつの慈愛に満ちた出来事が今後の私にとってと力になってくれると思います。

日本という国を語ることは多くの専門家や知識人おまかせしたいと思いますが、日本人の精神性を高めて、もっとリーダーシップを世界に示し、強い日本人を取り戻すべきと考える人も多く、私自身もそれに賛成です。ただ、一方でそうではないことも良しとすることも大事だと思っています。国家の前に個人が幸せであるかどうか。その幸せというものは、人から押し付けられるものではなく、目覚めるもののような気がします。私たちは日本人である前に、尊い生命であり魂です。目覚めることも目覚めないことも本人の意思次第。前提条件として、本人が亡くなってしまえば本人の世界そのものは存在しなくなります。だからこそ、今の自分自身をどう生きるかが大事であって、多くの偉人や歴史というものは自身を目覚めさせるための手段となればいいのだと思います。まず日本人の目指すべきことは「幸福」であること。そして、「利他」の精神で人に施しを行えるようになること。そして価値を生み出すことで地域社会を良くしていくこと。自らの価値を高め、利他の精神を持って多くの方に幸福を共有すること。天を相手にして、自分自身の磨くべき原石を輝かせることがこれからの日本人の目指すべきことかと思います。これもただのアイデアですので、それぞれできることから始めていけばいいのかと思います。ゴールも正解も人それぞれです。

日本のブランドというタイトルでしたが、「幸福な国、日本」となればいいなと感じています。

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